薬学生・薬剤師のための英会話ハンドブック 第2版レビュー|最初の1冊にすすめない理由
セブ島に3ヶ月間、語学留学をしました。帰国したときは、正直なところ「けっこう話せるようになったな」と思っていたんです。
その自信が崩れたのは、職場の投薬カウンターでした。
英語圏の患者さんが処方せんを持って来られて、いざ薬の説明をしようとした瞬間、口が動かない。留学中はあれだけ喋っていたのに、です。この記事では、そこから探して買った『薬学生・薬剤師のための英会話ハンドブック 第2版』を実際に使い込んでみて、何が変わって、どこでつまずいたのかを正直に書きます。

セブ島留学から帰っても、投薬カウンターで英語は出てこなかった
まず前提として、僕がセブ島に留学したのは医療英語のためではありませんでした。単純に「英語を話せるようになりたい」という、ただそれだけの動機です。
だから帰国後に投薬で困ったとき、自分でもかなり戸惑いました。日常会話はそれなりにできるはずなのに、薬の説明になった途端に何も出てこない。
理由は、あとから振り返ると3つありました。
ひとつめは、そもそも使う単語が違うということ。日常会話で覚えた語彙と、服薬指導で必要な語彙は、重なる部分が驚くほど少ないんです。
ふたつめは、会話に求められるものが逆だったこと。留学中はとにかくテンポよく、流暢に返すことを意識していました。でも投薬は違います。用法や注意点を、正確に、間違いなく伝えなければいけない。「多少崩れても勢いで通す」という留学中の癖が、まったく役に立ちませんでした。
みっつめが、いちばん地味で、いちばん効きました。飲み方を説明するときの語順や流れを、そもそも知らなかったんです。
1回2カプセル、1日3回、毎食後。これを英語で言うとき、どの情報をどの順番で並べればいいのか。日本語なら何も考えずに言えることが、英語だと組み立てられない。文法の問題ではなく、単に「その型を持っていなかった」ということでした。
それまでは、その場でネット検索して乗り切っていた
この本を買うまでの僕のやり方は、外国人の患者さんが来るたびにネットで言いたいことを調べて、それを読み上げるというものでした。
その場はしのげます。でも問題は、大事なことほど覚えられなかったことです。調べた表現はその日のうちに頭から消えて、次に同じ場面が来てもまたゼロから検索することになる。これを何度か繰り返して、さすがに一冊きちんとやらないとダメだと思いました。
それで書店に行ったのですが、ここでもうひとつ驚きました。薬剤師向けの英会話本は、想像していたよりずっと選択肢が少ないんです。医療英語や看護師向けの本はそこそこあるのに、薬局の現場に絞ったものとなると棚に数冊あるかどうか。比較検討して選んだというより、ほとんど消去法で手に取ったのが本書でした。
OTC販売から退院時の服薬指導まで、3部構成でカバーされている
まず書誌情報を整理しておきます。出版社である東京化学同人の公式ページで確認できる範囲です。
| 書名 | 薬学生・薬剤師のための英会話ハンドブック 第2版 |
|---|---|
| 著者 | 原 博・Eric M. Skier・渡辺朋子 |
| 出版社 | 東京化学同人 |
| 発売日 | 2014年10月20日 |
| 判型・ページ数 | 新書判・256ページ |
| 定価 | 2,970円(本体2,700円+税) |
| 音声 | 全ダイアログの音声データをダウンロード可(本書記載のパスワードが必要) |
出典:東京化学同人 公式サイト(書誌ページ)
構成は大きく3部に分かれています。第Ⅰ部がOTC薬の販売、第Ⅱ部が保険薬局、第Ⅲ部がベッドサイド。薬局薬剤師だけでなく、ドラッグストアや病院で働く薬剤師もカバーされているのがこの本の広さです。
第Ⅰ部にはOTC薬の販売そのものに加えて、受診を勧める場面、衛生用品の販売、会計まで入っています。第Ⅲ部には自己紹介、手術にあたって、薬物治療、退院時の服薬指導。病棟業務の場面まで押さえてあります。
目次に出ていない、薬効別ロールプレイの厚み
ここからが、実物を持っていないと分からない部分です。
出版社サイトに載っている目次は「服薬指導」「薬物治療」といった大分類までなのですが、第Ⅱ部の第8章「服薬指導」を開くと、その下に薬効別のダイアログがずらりと並んでいます。
かぜ薬、抗炎症薬(症状の確認・副作用・アドヒアランス・湿布薬)、鎮痛薬の頓服、小児用解熱鎮痛薬の坐薬、抗リウマチ薬、痛風治療薬、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、抗狭心症薬の舌下錠、降圧薬の飲み忘れと食物相互作用、抗アレルギー薬の崩壊錠、喘息の吸入薬と貼付剤、インスリンの保存と使用済み注射針の廃棄、抗がん剤、骨粗鬆症用薬、抗インフルエンザ薬、点眼薬、点鼻薬、うがい薬、麻薬(オキシコンチン)、漢方薬、妊婦・授乳婦への投薬、経口避妊薬、後発医薬品、残薬の確認、お薬手帳。
ざっと数えて、この章だけで50本近くあります。
さらに第Ⅱ部には「投薬カウンターにて:苦情への対応」というダイアログもあります。待ち時間について患者さんから不満を言われる、あの場面です。日本語でも神経を使うやり取りが、英語で用意されている。この守備範囲の広さは、他の薬剤師向けの本ではあまり見ません。
各ダイアログには「おぼえておきたい表現」というコラムが挟まっていて、薬の服用方法、頻度の表し方、医薬品の保存方法、痛みの程度の表現などがまとまっています。ここは僕もよく戻って読み返す場所です。

音声は今もダウンロードできる(パスワードは本書に記載)
2014年発売の本ですが、ネイティブスピーカーが収録した全ダイアログの音声を、出版社サイトからダウンロードできます。ダウンロードには本書に記載されたパスワードが必要なので、購入者向けの特典という位置づけです。
各ダイアログにトラック番号が振ってあるので、本を開きながら該当箇所だけを聞けます。CDドライブが要らないのは地味にありがたいところです。10年以上前の書籍でこの音声環境が維持されているのは、素直にいい本だと思います。
ただし逆に言えば、買う前に音声を試聴することはできません。発音や読み上げ速度を事前に確認したい方は、この点を頭に入れておいてください。
付箋を貼ったのは、難しい章ではなく最初の服薬指導ページだった
ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。
収録されているシチュエーションは、正直かなり高度なものまであります。手術前の説明、抗がん剤、妊婦への投薬。読んでいて「いつかこれも言えるようになりたい」と思う内容です。
でも、僕が実際に付箋を貼ったのは、そこではありませんでした。
貼ったのは、服薬指導のいちばん最初のほう、オーソドックスな受け渡しの場面のページです。派手さのない、基本中の基本のやり取り。そこに付箋を集中させて、繰り返し声に出しています。
黙読ではなく、必ず声に出すようにしています。頭で理解するのと、実際に口から出てくるのは、まったく別の能力だと痛感したからです。投薬カウンターで固まったときも、意味は分かっていたのに口が動かなかったわけですから。
後半の高度な章は、今のところ「知識として一度読んでおく」という位置づけです。使うときに引けるように、どこに何があるかだけ把握しておく。全部を覚えようとすると確実に挫折すると思ったので、最初から諦めました。
白衣のポケットには入るが、現場で引く本ではない
新書判なので、サイズだけ見れば白衣のポケットに入ります。でも僕は入れていません。
理由は2つあります。ひとつは、256ページあってそこそこ厚みがあること。もうひとつは、文字が多くて、カウンターで慌てて引くには向かないことです。ダイアログ形式なので、目的の一文を瞬時に探すという使い方には設計されていません。
なので僕は完全に家での勉強用として使っています。現場でとっさに引くハンドブックというより、腰を据えて型を仕込む教材、というポジションです。
ここは書名の「ハンドブック」から受ける印象と少しズレる部分かもしれないので、先にお伝えしておきます。

変化を感じたのは、投薬前に英語を調べる時間が減ったとき
ロールプレイを繰り返しているうちに、だんだん表現の型が見えてきました。
何がどう変わったのかを、いちばん実感したのは準備時間です。
それまでは英語圏の患者さんの処方せんを受け取るたびに、投薬に行く前にスマホで表現を調べていました。あの数分間が、確実に減りました。漠然と「何を言えばいいのか分からない」という状態から抜けられたのが大きかったと思います。
もうひとつ、自分で文を組み立てられるようになりました。たとえば同じ薬を継続してもらっている患者さんに、僕はこう言っています。
These are the same medicines as before.
これは本に載っている文をそのまま覚えたものではなくて、いくつかのダイアログを読むうちに自分で組み合わせて作った文です。本書には 「You have three kinds of medicines today.」 のような服薬指導の基本表現が並んでいて、そういう型を何度も声に出しているうちに、応用が効くようになってきた感覚があります。
そして、いちばん嬉しかったのは患者さんの反応です。
英語で対応すると、笑顔で返してもらえることが増えました。おそらく患者さんの側は「日本語で頑張らないといけないのかな」と身構えて来局されているんだと思います。そこにこちらから英語で話しかけると、明らかにホッとした表情に変わる。あの瞬間は、地味に音読を続けてよかったと思える瞬間です。
正直に言うと、最初の1冊にはすすめない
ここまで良いところを書いてきましたが、弱点もはっきりあります。
まず、表現がやや硬い、あるいは難しいと感じる箇所があります。読んでいて「ここまで丁寧に言う必要があるのかな」と手が止まることが、正直あります。実務で使う口語というより、きちんとした説明文に近い印象を受ける部分です。
もうひとつは、これは長所の裏返しなのですが、収録量が多すぎて覚えきれないこと。50本近い薬効別ダイアログを前にすると、どこから手をつければいいか分からなくなります。載っていなくて困るより、多すぎて途方に暮れる。そういうタイプの本です。
僕の評価はこうです。
1点分を引いているのは、内容の質ではなくとっつきやすさの部分です。中身の充実度だけで言えば、薬剤師向けの英会話本としては相当に完成度が高いと思っています。2014年発売ですが、服薬指導で使う表現に流行り廃りはあまりないので、今でも現役で通用します。
もし英語にまだ自信がないなら、より初学者向けの本から入って、この本は2冊目に置くほうが挫折しにくいはずです。僕自身、現在は薬剤師Noriko著『薬局英会話最短トレーニング』を並行して読んでいます。こちらは読み終えたら別途レビューを書く予定です。
まずは出版社サイトの試し読みで、自分に合うか確かめる
この本、決して安くはありません。合わなかったときのダメージもそれなりです。
なので、いきなり買うのではなく、今日できることから始めてみてください。
1. 出版社サイトの試し読みで、表現のレベルを見る
東京化学同人の書誌ページに試し読みが用意されています。書店に行かなくても、実際の紙面がどんな雰囲気なのかを確認できます。「難しそう」と感じたら、それが答えです。無理に背伸びする必要はありません。
2. 「自分が声に出せそうか」で判断する
試し読みで開いたページの英文を、その場で小声でいいので読んでみてください。読めそうなら大丈夫です。単語で何度も止まるようなら、今の自分にはまだ早い可能性があります。なお音声のダウンロードには本書記載のパスワードが必要なので、購入前に聞いて確かめることはできません。判断材料は紙面だけになります。
3. 自分の職場で「次に来そうな場面」を1つ決める
これは本がなくてもできます。うちの薬局にいちばん来る外国人患者さんは、どんな薬を受け取っていくか。降圧薬か、抗アレルギー薬か、かぜ薬か。そこを1つ決めておくだけで、教材を開いたときにどこから手をつけるかが決まります。僕が服薬指導の最初のページだけに付箋を貼ったのも、結局はこれと同じ発想でした。
月に1回しか英語を使う機会がなくても、その1回のために準備はできます。というより、機会が少ないからこそ、来たときに固まらないよう型を入れておく意味がある。少なくとも僕はそう思って、今日も家で同じページを声に出しています。
よくある質問
正直なところ、最初の1冊としてはおすすめしません。専門的な内容で文字量も多いため、ある程度の英語の土台があったほうがスムーズです。まずは試し読みで実際の紙面を確認してみてください。
別売りではありません。出版社の公式サイトからダウンロードできますが、本書に記載されたパスワードが必要です。つまり購入者向けの特典なので、買う前に試聴することはできません。全ダイアログがネイティブスピーカーによって収録されており、各ダイアログにトラック番号が振られています。
服薬指導で使う基本的な表現に大きな流行り廃りはないため、現在も十分に使えると感じています。第2版では在宅ケアや糖尿病への対応が追加され、登場する医薬品もより新しいものに差し替えられています。
第Ⅲ部がベッドサイド編で、自己紹介、手術にあたって、薬物治療、退院時の服薬指導が収録されています。第Ⅰ部のOTC薬販売はドラッグストア勤務の方にも役立つ内容です。

